02


とりあえず朝餉を取り、用事のある喜多と彰吾は別行動となる。

彰吾がいなくなってしまうと遊士はどこか不安そうに瞳を揺らした。

「遊士」

けれど、政宗が呼び掛ければ遊士は不安の色をさっと消し政宗を見上げてくる。

「今日は約束通り遠乗りに行くぞ」

「いいの?」

しゃらりと髪に挿された藤の簪を揺らし、遊士は何故か傍らに控える小十郎に向かって聞いた。

「構いませぬ。元から今日は、遊士様の為にと政宗様が時間をやりくりして空けたのですから」

「おい、余計なこと言うな」

わざわざ教える小十郎に政宗は憮然として口を挟む。

「そっか。ありがとー、まさむねさま」

自分の為にと言われて遊士は嬉しそうにふわり、と笑みを浮かべた。

そして、立ち上がると早く早くと言わんばかりに政宗の着物の裾を掴んで引っ張る。

「あぁ、それより俺の事は政宗でいい。様はいらねぇ」

「でも、まさむねさまはちちうえとおなじ、えらいひとでしょ?だれかにみられたらおこられる」

子供になってしまった遊士はこの世界をどう理解しているのかそう言う。

自分の元居た未来の世界を見ているのか。それとも政宗のいる過去の世界を見ているのか。

「Don't worry.言わせたい奴には言わせておけ。お前は何も悪いことはしてねぇだろ?」(心配するな)

ちょうど腰の高さにある遊士の頭を政宗はくしゃりと優しく撫でた。

「わっ!?」

「小十郎、お前も来るだろ?」

「はっ、お供させて頂きます」

政宗に撫でられた頭にソッと触れ、遊士は照れたような笑みを浮かべた。







厩(うまや)に行けば既に馬は用意されており、遊士は自分より遥かに大きい馬に恐怖するどころか瞳を輝かせて近付く。

「政宗様、遊士様は如何致しましょうか?」

「そうだな…、遊士。お前どっちの馬に乗りたい?」

流石に一人で乗ることは無理なので、政宗か小十郎のどちらかと一緒だ。

「りょうほう!」

「ならば行きと帰りで交換というのは」

「それで行こう。じゃぁ行きは俺とな。遊士、ジッとしてろよ」

遊士の体を馬の上に引き上げ、政宗の前に横抱きにして座らせる。

「うわぁ、たかい」

「大人しくしてろよ」

「うん。まさむね、ごぉー!」

本当に聞いているのかいないのか、遊士はしゃらしゃらと簪を揺らしてビシッと前を指差した。

催促する様に見上げてきた遊士に政宗と小十郎は互いに顔を合わせて苦笑する。

まったくやんちゃな姫様だ。

「よし、行くか」

政宗は遊士を落とさないようにゆっくりと馬を走らせ始めた。



◇◆◇



「遊士様?」

くたりと馬上で、胸元に寄りかかってきた遊士に小十郎は馬の速度を落とした。

「どうした?」

隣に馬を並ばせ、政宗が二人に視線を投げる。

「いえ、どうやら眠ってしまわれた様です」

すぅすぅと聞こえる小さな寝息に、小十郎は起こさぬよう小声で政宗に返した。

「あんだけはしゃぎ回ってりゃぁな、そりゃ疲れるだろ」

子供の遊士は、目に写るもの全てに興味を 引かれるのか馬を降りた後はあっちこっち走り回り大変だった。

「随分と楽しそうでしたな」

「あぁ、帰ったら喜多に怒られそうだ」

小十郎の胸にもたれ掛かって眠る遊士の着物は所々汚れ、綺麗に結い上げられていた髪はほどけてしまっていた。

「んぅ…ま、さ…むねー…。こじゅ…ろー…」

「夢の中でまだ遊んでんのか」

「そのようですな」

警戒心は解けたのか口元を緩ませ、あどけない顔で眠る遊士。その頬にはらりと落ちた髪の毛を、小十郎はソッと指で払い除けた。







うとうとと人の喋る声で意識が浮上する。

「…成実殿です。どうやら昨夜、遊士様とこっそり酒盛りをしたらしく」

「で、成実の持ってきたそのツマミが原因だってのか?」

「その様です。何でも南から流れて来た異国人から買った品だそうです」

目を開けてそちらを見やれば政宗と彰吾が真剣な顔をして話し合っている。

「ん……」

目を擦り、ゆっくり体を起こせば遊士のすぐ後ろから声が降ってきた。

「目が覚めましたか?」

「あ、こじゅーろさん…」

どうやら小十郎の膝枕で寝ていたらしく、伸びてきた手に乱れた髪を直される。

よくよく見れば着物も先程まで着ていた物から新しい着物に変わっていた。

「それで成実はどうした?」

「申し訳ありません。逃げられました」

「そうか、…まぁいい」

遊士が起きたことに気付いた政宗はそこで話を畳む。

「しょうご!」

髪を整えてもらった遊士は朝会ったきりの彰吾に嬉しそうに駆け寄った。

それを苦もなく、座ったまま受け止めると彰吾は遊士と視線を合わせる。

「遊士様。遠乗りは楽しめましたか?」

「うん!まさむねのうまはかぜみたいにはやくてすっごくきもちいいんだよ!それでね、こじゅーろさんが…」

にこにこと自分が感じたままを楽しそうに話す遊士に、それを見ていた三人の表情が自然と緩んだ。


その後も上機嫌で夕餉を済ませた遊士は中々寝床につこうとはしない。

「遊士様、そろそろ寝なければ明日起きれませんよ?」

「やだ。まだねむくないもん」

濡れ縁で、見よう見まねで政宗に酌をする遊士は彰吾からふいと顔を背ける。

「彰吾。遊士は俺がちゃんと寝かせてやるからお前はもう下がっていいぜ。疲れたろ?」

小十郎も随分前に下がらせた。

「しかし、それは政宗様も同様で…」

「俺は大丈夫だ。お前の方が朝から大変だったろ?先に休め」

二度も気遣われ、彰吾は恐縮したように頷く。

「それではお言葉に甘えて。…遊士様をお願いします」

「おぅ」

頭を下げ、彰吾は障子の向こう側へ姿を消した。

「さて、遊士。お前は何で寝たくないんだ?」

猪口を置き、珍しい遊士の我が儘に政宗は出来るだけ優しく問いかける。

「………ぃ」

「ん?」

やはり寝たくない理由があるらしかった。

「…こわい」

「怖い?何が怖いんだ?」

「ねたら、みんないなくなっちゃう」

それはあるべき姿に戻る予兆か。

漠然とした不安に遊士は小さな手を握り締め、涙を溢さないよう必死に堪えている。

その姿に、政宗は自然と手を伸ばしていた。

「大丈夫だ。誰も居なくなったりしねぇよ。小十郎も彰吾も喜多も、俺も遊士の側にいる」

「…うん」

「だから安心して寝ろ」

「う…ん」

ぽんぽんと軽く背を叩く大きな掌に遊士は安心感を覚えて、次第に意識が遠退く。

「ん…まさ…」

暫くすれば、すぅすぅと小さな寝息が政宗の腕の中から聞こえ始めた。

「良い夢みろよ」

猪口と銚子を乗せた盆を端に避け、政宗も寝るために寝所へ足を向けた。



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